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穂高町には古より伝えられる伝説が多数存在します。
信州あづみの穂高温泉旅館組合青年部の手によって、それらの伝説ををまとめて巻物を作成しています。
安曇野にお越しの際には、穂高町内の宿泊施設で格安にご購入していただける予定です。
この絵巻物はこれらの物語をは、手作りで自分達で書いたイラストと地図、それと地元の方言で表現されて、とても面白い出来上がりが期待されます。


これらの言い伝えは、毎年穂高神社で行われる御船祭(おふねまつり)の山車となる巨大な船に飾り付けられる人形で、さまざまな物語として飾り付けられます。
御船祭りは、船形の山車を全て昔ながらの方法で手作りされ、その上にこれも山車と同じく古来伝えられる全てが手作りの穂高人形を物語風にデコレーションした山車を、穂高神社の境内でぶつけ合う勇壮なお祭りです。

(右の写真は山車を後ろから写してしまったため、人形が写っていません(^.^)ゝ)

<八面大王伝説>
有明山の麓に三方を大岩で囲った岩屋に、八面大王と言う大鬼が住みついていた。
その周辺には家来の小鬼が居り、村里に出ては悪さをし村人を困らせていた。
それを聞いた坂上田村麻呂が鬼退治のため数回に渡り攻め立てたが、なかなか討つ事ができなかった。
そこで近隣の神社仏閣に祈願をしたところ、ある夜「山鳥の三三節の尾羽で作った矢を使え」とのお告げがあり、これを村人に探させた。
その時、矢村に住んでいた弥助が山鳥の尾を手に入れ献上した。
おかげで田村麻呂は家来の小鬼共々八面大王を退治できた。
鬼をそのまま完全な状態で葬ると生き返ると言われ、五体に分けて別々の所に葬った。
耳を埋めたのが「耳塚」、足を埋めたのが「立足」(現在は地名)と言われている。

また、八面大王が住んでいたとされる「魏石鬼の岩屋」は有明神社の近くにある正副寺にあり、その近くには「鬼の足跡」も。但し、「魏石鬼の岩屋」は現在は立ち入り禁止になっているが、ここに入ると祟りがあると地元では有名です。

坂上田村麻呂が祈願したと言うのが栗尾山の観音堂で満願の夜霊夢が山鳥の尾を使うようにお告げをしたために満願寺と呼ばれるようになったそうだ。

<魏石鬼の岩屋>

<小岩嶽城裏話>
むかし、まだ武田信玄が信濃の国を支配しようとしていた頃の話。
小岩城八人衆と呼ばれる人達が居た。
ある時、信玄にこの城を攻められ戦ったが、内通者が出て落城し、城主は自害し多数の戦死者が出た。
この落城の日に子供相撲を奉納していたが、その日は必ず雨が降るため「戦死した武士の涙雨」と呼ばれたそうだ。

<小岩嶽城跡・展望台>

<おこぞう火>
むかし、栗尾山満願寺から少し離れたところに杉の大木があり、その根元に小さな祠があった。坊さんがその祠にロウソクを燈しに行く役目を小坊主にやらせた。が、小坊主は怖くて途中で帰ってきてしまった。
ある日、坊さんは祠にロウソクが燈っていないことを知って酷く小坊主を叱り、杉の木に縛りつけ叩き殺してしまった。
怖くなった坊さんは木の根元に穴を掘って埋めてしまった。
それ以来夜になると、この木の辺りがボーっと明るくなったそうだ。

<栗尾山満願寺>

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